2018年06月05日

めいちゃん誕生

3週間ほど前に、出産しました。
名付けについて以前書きましたが、5月生まれでミャンマーにもある名前ということで「めい」にしました。

ただ、ミャンマー人の名前としては1つだけではさみしいので、義両親が占い師のところに行ってミャンマー向けの名付けの相談しました。
「めい」は生まれの曜日の音ではないので名前に組み入れるのが難しいらしく、何回か相談に行って決めました。

それから、ミャンマーとのつながりを感じたのは、病室の表札。
木曜の午前に生まれて、8曜日の牙のあるゾウにあたるのですが、病室のパネルが牙のあるゾウでした。
他の部屋は、キリン、ペンギン、リスなどだったのに、偶然としても不思議な縁です。

それから、産後はミャンマーではターメリックを飲むらしく、夫にすすめられて飲みました。
子宮復古の痛みを軽減させるとか・・・。



※ミャンマー関連の話はここまでで、これから↓は出産について書きます。


前々から不思議だったのは、出産は大変な出来事なのにみんなさらっと報告し、「こんなだったよ~」とか詳しい話を聞いたことがないことです。
でも、自分が体験して分かりました。なぜ出産について詳細を話さないか・・・

それは
①のどもと過ぎれば熱さ忘れる
②すぐ育児が始まって、話す暇がない
③なんか自慢ぽく聞こえる


というのも
①確かに痛い、でもあとになるとどんなだったか感覚的に思い出せない(笑)
②母子同室で授乳など慣れない育児がすぐに始まる。
 出産は終わりではなくて、始まりです・・・
③「すごい痛かった」とか自慢ぽいし、なんかみっともない


ただ、私はあえて言いたい。日本では出産は自然なものとされ、自然分娩が良しとされている。でも、これだけ大変なものを我慢せよというのかと。
フランスやアメリカでは7、8割を超える無痛分娩。向こうは大病院で麻酔科医もいて十分な体制があるからできることだというのも分かるけど、体験してみて今この現代で技術があるのになぜすすまないのかと思う。
帰省先では、経産婦の無痛分娩を受け入れる産院が1軒のみ。初産なのであきらめました。


恥も外聞もなく、語らせていただきます。
簡潔に言うと、私は微弱陣痛で4日苦しんだ挙句、分娩中止となって帝王切開になりました。

出産の流れとしては、子宮口が10センチになるまで陣痛を我慢して、そこからいきみます。
初産婦の平均として開くまで10時間、いきむのが2時間とされています。
体験談でも、早い人は5時間、長い人でも30時間ほどだったので、これほど長丁場になるとは誰も予想していませんでした。


5月12日 夕方 陣痛ぽいものがくる。アプリで間隔を測るも規則的にならず家で待機。
   13日 夕方 5分間隔になり、産院へ。このとき子宮口3センチ。
   14日 朝 微弱陣痛と伝えられ、促進剤を使うか聞かれるが、自然に待つことを選択。歩いたり、おっぱいや腰のマッサージ、足湯で促す。子宮口5センチ。規則的な本陣痛来ず。
   15日 促進剤を朝9時から使う。午後2時に破水。夕方4時の時点で子宮口6センチ。翌日に持ち越すか転院かと言われ日赤に転院。
       夕方6時から促進剤使う。夜10時に子宮口最大になるも胎児の頭位が逆。陣痛が弱くいきてんでも、鉗子が届くところまで降りてこない。内診で頭位を直そうとするも直らず、深夜12時に分娩中止。1時から帝王切開。2時に出産。4時に手術終了。

つらかったことは、終わりが見えなかったこと。
男性にも分かりやすく言うと満員電車でゲリピーでもれそうなのにいつまでたっても駅に着かないって感じでした。
駅員に聞いても「駅に着くのは明日かな」とか言う。そして数分ごとに襲ってくる便意(笑)
収まって余裕かなと思ったら数分後にまたくる。切迫感はそんな感じ。

陣痛が来ているときは、うめくとパニックになるので、必死に呼吸に集中して痛みに耐え、いきみ逃しをしていました。
朝から促進剤を使って夕方には産むぞと思って7時間我慢しても1センチしかすすんでおらず、人員が夜は少ないから翌日の朝からまたトライしましょうと言われたときは絶望しました。体力の消耗もそうですが、なによりも心が折れてしまいました。
促進剤をやめても自分自身の陣痛はきつづけるので、また夜通し寝ずに我慢するのはもう無理だと思い、その時点で転院を決意しました。
緊急搬送で救急車に初めて乗りました。隊員の人たちは親切で移動はスムーズでした。

あとは、本陣痛を起こすためにいろいろやったこと。痛くなるって分かっててやるのは怖かったです。
どこまで痛くなるのか分からないのも怖い。
このボタン押したら、骨が折れるけど押さなかったら死にますよって感じ。いきむときもそう。痛くなるのが分かってていきむのは怖い。
でも、ちゃんと本陣痛が来ていれば、いやがおうでもいきまざるをえないのだろうけど。

転院先で、「今日中に産ませます」と断言してもらって気持ちが楽になりました。
ただ、胎児の脈拍数低下か分娩中止にならないと帝王切開にならないと説明があって「もう保険適用なくても全額払うから切ってください。いくらですか」と聞いてしまった。
とにかく一旦休みたい気持ちだったけど、なんとか立て直してがんばりました・・・。

あとは、内診でぐりぐり頭位を直す時が勘弁してくれって感じだった。
男性にわかりやすく言うと直腸に手を突っ込まれて小腸をぐにぐにされる感じですよ(笑)
まぁ、あのときは獣の咆哮って感じで絶叫しましたけどね。もはや理性はないですよ。
出産は野生に戻らないとできないですわ。

帝王切開が決まった時は、今までの時間が無駄になったと思うより、やっと終わるという安堵でいっぱいでした。
腰椎麻酔は痛くなく、すぐに効いて陣痛が収まったので楽になりました。
まな板の鯉で、煮るなり焼くなりしてくれって感じでした。

子供は熱があったので、NICUに3日入りました。手術した日の夜に看護師さんが初乳を綿棒につけて、持って行ってくれたのはうれしかったです。動けるようになってからは、3時間おきに搾乳して少ないながらの初乳をNICUに届けました。

あのときは、体勢を変えるだけでも苦痛でベッドのへりをにぎりしめていたのに、過ぎてしまえばすっかり忘れてしまうので不思議です。
助けてくれた医師や看護師の皆さんには本当に感謝しています。入院期間中は別の世界に行っていたみたいに感じます。
入院中の心の支えは、退院後に大谷翔平選手の活躍とおっさんずラブ(ドラマ)を見ることでした(笑)

意外だったのは、お腹がぺっちゃんこになるとおもいきや、術後もまだ大きいままだったこと。3日ほどして子宮がおへその下まで来ましたが、完全にもどるまで1カ月ほどかかるようです。

現在、育児生活が始まりましてぼちぼちやっています。
おしまい。
















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Posted by たひち at 23:06│Comments(0)家族
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